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Enalapri1 177 Enalapril 伊東春樹* アン霊室テンシン変換酵素阻害薬(ACEI)は, captoprilに始まり,現在では開発中のものを含 めると十指に余るほど数えられる.そのほとんど が高血圧に対する適応を認められ,第一選択薬の 一つとして繁用されている.従ってその作用機序 については語り尽くされているので,本稿では最 近慢性心不全に対する適応を認められた enalaprilについて,心不全におけるその作用機i 序と効果について述べる. 1.レニンーアンギオテンシン系の概要 (図1) 肝臓で合成されたアンギオテンシノーゲンは腎 から分泌されたレニンによりアンギオテンシン1 (AI)となり,アンギオテンシン変換酵素(ACE) によりアン乙部テンシンH(A皿)となって,さら にアミノペプチダーゼによりアンギオテンシンm (A皿)へと変換される.A皿は血管平滑筋を収縮 させて血圧を上昇させ,副腎皮質でアルドステロ ンの産生・分泌を促進,Na貯留と細胞外液を増 加させる.また,副腎髄質からのカテコラミン放 出を促進し,末梢でのノルエピネフリンの作用を 増強,同時に心筋自体に対しても収縮力増加や心 筋細胞の肥大を起こすと言われている.ACEは 血管拡張物質であるブラジキニンの分解やプロス タグランディンの生成阻害作用も持ち,やはり血 管収縮の方向へと作用する.このようにレニンー アンギオテンシン系は直接的または全身および腎 血行動態を介して交感神経一尺テコラミン系,カ リクレインーキニン系,アル義憤ンーバゾプレッ シン系などと密接に連関している. 皿.心不全における神経体液性因子の異常と ACEI 心不全は心機能異常に起因する運動制限とうっ 血症状を主徴とする症候群であり,神経体液性因 子の異常を伴う(図2).具体的には,①交感神 経一カテコラミン系,②レニンーアンギオテンシ ン系,③アルギニンーバゾプレッシン系の充進な どであるが,これらは当初代償機転の一つであっ たものが心不全の進行や長期化と共に悪循環を形 成し,血管収縮や体液量増加を通じて血行動態を さらに悪化させる(図3).従って,ACEI療法 はAnを減少させてこの悪循環を断ち切ること ・ブラジキニン 分解 ・プロスタ グランディン 生成阻害 iA・gi・tensi・・genl Rθnh一→ @ 、’ iAngi・tensi・II l peptitase一・ 、’ rA・gi。ten・i・HII〈: 循環不全 ・血管平滑筋収縮(血圧上昇) ・アルドステロン産生・分泌促進 (Na貯留・細胞外液増加) 神経終末からのノルエピネフリン分泌増加 ・副腎からカテコラミン放出増加 ・心筋肥大 A・91。ten・i…II〈:気1鷲綴畢矯テロン鰯加 図1 レニンーアンギオテンシン系とアンギオテンシ ンの主な作用を示す. *心臓血管研究所付属病院 心機能障害 血圧低下 心拍出量減少 腎血流量減少 心房・心室伸展 ANF PG12 にンー 交感神経抗利尿 BNF PGE2 アンギオテンシン系 カテコラミン系 ホルモン 図2 心不全とレニンーアンギオテンシン系,交感神 経一カテコラミン系. Presented by Medical*Online

Enalapril 伊東春樹*jsccm.umin.jp/journal_archive/1980.1-1994.4/1992/001301/...Enalapri1 177 Enalapril 伊東春樹* アン霊室テンシン変換酵素阻害薬(ACEI)は,captoprilに始まり,現在では開発中のものを含

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  • Enalapri1 177

    Enalapril

    伊東春樹*

     アン霊室テンシン変換酵素阻害薬(ACEI)は,

    captoprilに始まり,現在では開発中のものを含

    めると十指に余るほど数えられる.そのほとんど

    が高血圧に対する適応を認められ,第一選択薬の

    一つとして繁用されている.従ってその作用機序

    については語り尽くされているので,本稿では最

    近慢性心不全に対する適応を認められたenalaprilについて,心不全におけるその作用機i

    序と効果について述べる.

    1.レニンーアンギオテンシン系の概要

      (図1)

     肝臓で合成されたアンギオテンシノーゲンは腎

    から分泌されたレニンによりアンギオテンシン1

    (AI)となり,アンギオテンシン変換酵素(ACE)

    によりアン乙部テンシンH(A皿)となって,さら

    にアミノペプチダーゼによりアンギオテンシンm

    (A皿)へと変換される.A皿は血管平滑筋を収縮

    させて血圧を上昇させ,副腎皮質でアルドステロ

    ンの産生・分泌を促進,Na貯留と細胞外液を増

    加させる.また,副腎髄質からのカテコラミン放

    出を促進し,末梢でのノルエピネフリンの作用を

    増強,同時に心筋自体に対しても収縮力増加や心

    筋細胞の肥大を起こすと言われている.ACEは

    血管拡張物質であるブラジキニンの分解やプロス

    タグランディンの生成阻害作用も持ち,やはり血

    管収縮の方向へと作用する.このようにレニンー

    アンギオテンシン系は直接的または全身および腎

    血行動態を介して交感神経一尺テコラミン系,カ

    リクレインーキニン系,アル義憤ンーバゾプレッ

    シン系などと密接に連関している.

    皿.心不全における神経体液性因子の異常と

     ACEI

     心不全は心機能異常に起因する運動制限とうっ

    血症状を主徴とする症候群であり,神経体液性因

    子の異常を伴う(図2).具体的には,①交感神

    経一カテコラミン系,②レニンーアンギオテンシ

    ン系,③アルギニンーバゾプレッシン系の充進な

    どであるが,これらは当初代償機転の一つであっ

    たものが心不全の進行や長期化と共に悪循環を形

    成し,血管収縮や体液量増加を通じて血行動態を

    さらに悪化させる(図3).従って,ACEI療法

    はAnを減少させてこの悪循環を断ち切ること

    ・ブラジキニン

    分解・プロスタ

    グランディン

    生成阻害

    iA・gi・tensi・・genl

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    循環不全

         ・血管平滑筋収縮(血圧上昇)     ・アルドステロン産生・分泌促進        (Na貯留・細胞外液増加)      神経終末からのノルエピネフリン分泌増加     ・副腎からカテコラミン放出増加     ・心筋肥大A・91。ten・i…II〈:気1鷲綴畢矯テロン鰯加

    図1 レニンーアンギオテンシン系とアンギオテンシ

       ンの主な作用を示す.

    *心臓血管研究所付属病院

    心機能障害

    血圧低下

    心拍出量減少腎血流量減少

    心房・心室伸展

    ANF PG12 にンー   交感神経抗利尿    ウBNF PGE2 アンギオテンシン系 カテコラミン系 ホルモン

    鰍輪

    図2 心不全とレニンーアンギオテンシン系,交感神

      経一カテコラミン系.

    Presented by Medical*Online

  • 178循環制御第13巻第1号(1992)

    水・ナトリウム貯留

     血管収縮

    前負荷↑

    後負荷↑

    前負荷↓

    後負荷↓

    心不全状態

    心拍出量低下

    利尿血管拡張

       合(灘禿モン

    レニンーアンギオテンシン系

    心房・心室伸展       合

          (      欝      PG12      PGE2

    図3 心血行動態と神経体液性因子.

    により,心不全の神経一体液性因子の異常を是正

    し,血行動態を改善することを目的としている.

    皿.Enalapri1の心不全に対する効果

     A)軽ないし中等症心不全例の運動耐容能に対

      する急性および慢性効果1)

     最近,われわれはenalaprilの軽ないし中等症

    心不全の運動耐容能に対する効果を,最高酸素摂

    取量(peak▽02)とsubmaximal indexである

    anaerobic threshold(AT)2,3)を用いて検討した.

     図4にはenalapri110 mg一回投与による急性

    効果について検討した二重盲検比較試験の成績を

    示す.NYHA class llおよび皿の慢性心不全患

    者を対象にplaceboまたはenalapril 10 mgから

    なる第一薬と第二薬を7日間のwash out期間を

    あけて投与し,その3時間後に運動負荷試験を実

    施した.その結果placebo投与後のATは14.5±3.7m〃min!kg, enalapril 10 mg投与後は

    13.9±3.O m〃minlkgと差を認めず,むしろ実薬

    群で低下する例もあった.Peak VO2も同様で,

    placebe後では21.1±4.7 m〃minlkg, enalapril

    投与後には20.0±3.6m〃minlkgであり,特に

    enalapril投与後に血圧低下の著しかった例で,

    運動耐職能の低下を示した例が多かった.この原

    因として血管拡張作用による減負荷で,運動中の

    心ポンプ機能が改善,また心拍出量が増加するプ

    ラスの因子が,動脈系の拡張によるperfUsion

    pressureの低下や,血流分布の変化に起因するマ

    イナスの因子に相殺されてしまったと考えられた.

     つぎに慢性心不全を対象にenalapri1の12週間

    連続投与による慢性効果を二重盲検法にて検討し

    た結果を示す(図5)、NYHA心機能分類class

    皿・皿15例を対象にplacebo, enalapri15mgま

    たは10mgを無作為に割り付け,12週間投与し

              EnalapriI  Ex. afterplaceb・C。nt「ol E・・ 10mg Enal・p・il

     ↓   ↓ ←_ ↓   ↓

            づ \\3h。u,s/ 7d、ys \3h。、,s/

        L_c,。ss。.。,__」

                (n=14)

    mlXminlkg

    26

    24

    22

    201・

    18

    16i

    14

    Peak “02

    rNijmllmin/kg

    22

    20

    18

    161/

    14

    12

    10i

    AT

    rrNS7

    ・L辮「・L繕図4 Enalapri110 mgの急性効果. AT, Peak▽02と

      もに改善は見られなかった.(文献1)より引

      用)

    た.症例数が少ないものの,enalapril投与で

    peak:▽02やATは改善傾向を示し,特にAT

    は5mg投与群でplacebo群に対し有意に改善し

    た.これは心機能の改善のみならず,心不全状態

    が改善して日常生活の活動レベルが増加したこと

    による末梢効果も加わっていると考えられる.す

    なわち,筋肉量の増加,酸素抽出能の増加,ミト

    コンドリア数および機能の改善なども運動耐容能

    を改善させる重要な因子であり,心不全の改善と

    共にこれらの末梢側の異常も改善することが知ら

    れている.いずれにしてもenalaprilの長期投与

    が運動耐容能を改善し,ADL(activity of daily

    living)を高めることが推測される.

     B)重症心不全に対する延命効果

     1985年からフィンランド6病院,ノルウェー12

    病院,スウェーデン17病院で行われた“CON-

    SENSUS Study4)”がACEIの臨床的有用性を確

    定的なものとしたといっても過言ではない.これ

    はNYH:A心機能分類class IV を対象に

    placeboを対象とした大規模な二重盲検比較試験

    Presented by Medical*Online

  • Enalapril 179

       Placeboml/min/kg (n=4)

    08642086420

    32222211111

    30

    Peak Vo2

    Enalapril s mg Enalapr“ 10mg

       (n=5)               (n冨6)

         30

    K 2u!! 20

     P=O,54         P=0,06                P=0.38

                  10       むt〒一一一一一  L〒一一一一 Lr一一「_Bef。re 12ws Bef。re 12ws Bef。re 12ws

    O,8

    0.7

    O.6

     O.5讐峯 o・4

     0.3

    O.2

    O.1

    ノ抑

    ’t”’

              」四       ノ…”…     lt一“4r一一一一

         t一ノ 1“tt一一一r一一.“t..:r

    Placebo 一・一一・・

    Enalapril 一

      0  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10 11 12月

    PlacebO 126 lo2 78 63 59 53 47 42 34 30 24 18 17Enaiapnl 127 111 98 88 82 79 73 64 59 49 42 31 26

    図6 Enalapri1による心不全例の延命効果.(文献4)

       より引用)

    AT

       Placeboml!min!kg   (n二4)

      20

      18

      16

      14  コ 

    AT lo

      8  6  4  2  0

    P =O.86

    20

    10

    Enalapr“ 5mg Enalapril 10mg くn・昌5)             (n=6)

         20

    P=O.10

    10

    P二〇,06

    表1心不全におけるACEI療法の実際

             o一 o-  Before 12ws Before 12ws Before 12ws

    図5 慢性心不全に対するenalapri1連続投与の効果.

       peak VO2, AT共に実薬群で改善傾向が認めら

       れた.(文献1)より引用)

    で,placeboに割り付けられた126例と, enalapri1

    群127例の長期死亡率を比較したものである.そ

    の結果,6カ月における粗死亡率はplacebo群44

    %,enalapril群26%(p=0.002),12カ月後では

    placebo群52%, enalapril群36%(p=0.001),試

    験終了時にはplacebo群68例, enalapril群50例

    が死亡し,enalapri1により有意に死亡率は27%

    低下した(p=0.003,図6).また,死亡例118例

    の内28例は突然死で66例(56%)は心不全の進行

    のために死亡した.突然死の発現率は2群間で差

    はなかったが,enalapril群では心不全の進行に

    よる死亡率は50%低下した(P<0.001).従来の血

    管拡張薬とは急性効果としての減負荷作用は同じ

    であっても,enalaptrilの有する神経体液性因子

    に対する作用が延命効果に寄与したと考えられて

    いる.

    1.治療目的

     1)血行動態改善

     2)心機能・心形態の改善

     3)神経体液性因子異常の是正

     4)運動制限緩和,症状の改善

     5)生命予後の改善

    2.治療方法

     1)利尿薬とACEIで治療開始

       captoprilは6.25 mg, enalaprilは2.5 mgを

       初回投与量とする。captori1では1-2時間

       後,enalaprilでは4-6時間後に血圧測定.

       カリウム補給やspironolactonは中止.低ナ

       トリウム血症や循環血液量減少の際には利尿

       薬を1-2日間中止し,半量で再開.

     2)長期投与

       利尿薬とACEIを基本に必要に応じてdigox・

       in,硝酸薬,他の抗心不全薬を追加.

       captoprilは12.5-25 mgを1日2-3回,

       enalaprilは5-10 mg l日1回,血清電解質

       と腎機能をモニター,臨床症状・体重・血液

       検査結果に注意し利尿薬の減量を念頭にお

       く.

    3.禁  忌

     1)狭窄性の弁膜疾患

     2)循環血液量減少

     3)腎不全

     4)高カリウム血症

     5)拡張障害による心不全

    rv.心不全に対するenalapril投与の実際

     心不全治療の目的とACEI療法の具体的方法,

    禁忌について表1にまとめた.注意点を総括する

    と以下の如くになる.①低血圧:循環血液量の減

    Presented by Medical*Online

  • 180循環制御第13巻第1号(1992)

    少や血管拡張による.特に初回投与は常用量の半

    分以下から開始すべぎ.また,腎機能低下例では

    糸球体濾過圧を輸出動脈を収縮させることで維持

    しようとしているため,これを拡張してしまうと

    GFRの低下を招く場合がある.②Kの貯留傾向:

    カリウム保持性の利尿薬やカリウム剤投与には注

    意.③せき,骨髄抑制,皮疹などの副作用.

    文 献

    1)谷口興一,伊東春樹,海老原昭夫,高元俊彦,飯泉

     智弘,宮原康弘,小池 朗,佐藤康弘,安部慎治,

     杉本圭市,辻野元祥,中村 滋:慢性心不全患者に

     おけるenalapril(MK-421)の運動耐容能に対する

     急性および慢性効果  Anaerobic threshold(AT)

      を指標とした二重盲検比較試験.薬理と治療 18:

     131-148, 1990.

    2) Wasserman, K, Mcllroy, M. B.: Detecting the

     threshold of anaebibic metabolism in cardiac pa-

     tients during exercise. Arn J Cardiol 14:844-852,

     1964.3) ltoh, H., Taniguchi, K, Koike, A., Doi, M.:

     Evaluation of severelity of heart failure using ven-

     tilatory gas analysis. Circulation 81(Suppl II):

     II-31-II-37, 1990.

    4) The CONSENSUS trial study group: Effects of

     enalapril on motality in severe congestive heart

     failure. N Engl J Med 316:1429-1435, 1987.

    *    *

    Presented by Medical*Online

    0177017801790180